2020年7月 1日 (水)

帰国前ライブ

梅雨真っ只中の日本に滞在するのは何年ぶりだろう。

昔ほどこの梅雨を嫌と感じないのは何故だろう?

高温多湿の南国暮らしの賜物だろうか.....

あちらこちらに咲く色とりどりの紫陽花を眺めては口元が微笑む.

ようやくインドネシアへ再入国の目処がついた.

帰国前に東京でライブをやります!お近くの方はぜひお越しください。

7/7は生配信も同時に。遠方の皆さんもぜひ視聴でご参加くださいね!

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★7/7(七夕・火曜)Live 20:00〜&21:00〜 @渋谷Jazz Bar琥珀    

https://www.udagawacafe.com/kohaku/ *都内お近くの方はご来店Welcomeです.

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七夕の夜。爽やかで憂いある選曲でOboe&Piano&Guitar Trio.
今回の生配信は登録なしで「基本無料」で観られます!が視聴後、ミュージシャン&配信スタッフに愛のドネーションを何卒宜しくお願い申し上げます!
愛のドネーション(投げ銭)URL by PassMarket
尚、当日観られない方の為に、配信後1週間ほどはアーカイブ視聴可能となっています.
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★7/9(木曜)Live 20:00〜@赤坂・G's Bar  https://g-s-bar.com/
敬愛するジャズピアニスト二村希一さんとのDUO.
スタンダード、映画音楽、オリジナルを交えてしっとりお届けしたいと思っています.
ぜひお越しください.

 

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2020年6月24日 (水)

7月のRecommend Live

5月初旬に日本に帰国し、スケジュールも全てキャンセルで、もちろんStayHome....

当初、6月にはバリ島に戻る予定にしていたのだが、入国プロセスが7月になれば少し緩和されるかと思い、思い切って7月中旬まで滞在を延長.

滞在伸ばしますーの結果、ありがたいことに色々オファーをいただき、結果、6,7月は帰国まで割と忙しいめなスケジュールに.

 

とりあえず、明日は、久保田麻琴さんからお誘いいただき、代官山の老舗ライブハウス「晴れたら空に豆まいて」からの無観客生配信ライブ。

コロナの産物的とも言える、今、流行りの配信ライブ.明日25日(木)夜9時、60分のSound Trip!ご参加お待ちしています!

詳しくはこちら! http://haremame.com/schedule/69223/?fbclid=IwAR0XOrKvc-CIzVPV-t4gwc75oxRft9SIrd5pAnwymufOX0pFaPQW0UcwEcU


And......7月のおすすめライブ

7/7(火)七夕の夜8時から @渋谷・JazzBar琥珀  https://www.udagawacafe.com/kohaku/

昔、セッション現場で一緒だったりしたピアニストのSwing-Oさんと久しぶりに再会して、流れでLiveやろうかという事に.

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7/9(木)夜8時から@赤坂 G's Bar  https://g-s-bar.com/ https://g-s-bar.com/

この日は、私が心の底から敬愛する素晴らしきJazzPianist 二村希一さんとDUO.

私のオリジナルもやりますが、この日はスタンダードやCinema Musicも混ぜながら.

 

リアルでお会いできたら嬉しいなぁと思います.

おそらく、今年はもう日本には帰って来られないと思うので.....

 

 

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2020年4月25日 (土)

Go' in Home

某月某日。インターネット・SNS全盛時代ならではとも言えるコロナウィルス情報パンデミック中のパラレルワールドへようこそ。

バリ島も3月中旬から外出自粛要請が政府から出ている。観光客はもちろん居ないし殆どの店はクローズの為、ライブセッションができない。その事自体は士気が下がるのだけど、普段は基本、スタジオで一人で練習、作曲、アレンジ、その他ぼーっと&読書&インターネット、という生活パターンの自分にとっては、Stayhomeはあまり苦にはならない。

しかし、人同士が恐れ合う感じは息苦しく、蔓延する閉塞感や自由剥奪感、恐怖煽りの報道には辟易する。

現在はビーチも閉鎖されているので私のバリ島暮らしにおける唯一の楽しみである、快晴の日にピューっとバイクで海へ!が出来ない事が個人的に最大の打撃かな。

5月中旬に予定していたピアニストの富樫さんとの西日本ツアーは残念ながら中止となりました。

中でも名古屋で予定していたコンサートは、名古屋フィルハーモニー交響楽団で首席オーボエ奏者としてご活躍されてきた山本直人さんとのジョイントコンサートでした。楽しみにしていたのでとても残念ですが、実現できる日がきっとくると確信しています。

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残るスケジュールは5月26日の東京でのライブのみ。現時点では開催の方向です。(状況次第でどうなるかわかりませんが)

換気や座席間隔など十分配慮して行う予定ですので、この状況下でもお越しいただけるのであればこんなに嬉しいことはありません。

あと1ヶ月後がどのような状況になっているか未知ですが。もちろん今より少し良い状況であって欲しいと願いつつ。

 

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世界はテレワークとかライブ配信など大流行りの昨今だけど、音楽はその場で空気感含めたライブで楽しんでほしいし、お客さんが会場に居て聴いてくれているからこそのライブ。

みんなが何にも恐れず縛られず自由に活動できて そして 安心して家路につく そういう日常がまた戻ってくるように願ってPRAY(PLAY)した動画をYoutubeにUPしました。https://youtu.be/hMLUKJPhzoA
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今日現在の予定では、今月中には日本へ帰国予定。Go`in Homeできるんだろうか??

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2020年3月30日 (月)

呪縛からの解放

某月某日。世間はコロナの日々だけど、私の日常は実のところ、何も変わらない。この島で商いをするでもなく、ひっそりと暮らしているのだから、変わりようが無いのである。

先日25日はバリ島ヒンドゥーにおける新年(Nyepi/ニュピ)を迎えた。本来ならば前日24日は各村ごとに作られたオゴオゴという大きな張りぼての悪霊人形を見せ合い、お祭り騒ぎとなるのだが、今年はコロナ感染防止の為、禁止となった。翌日のニュピは島中が外出禁止令、火や電気の使用も制限される静寂の1日。昨年はシトシト冷たい雨が振り続けるニュピだったが、今年は気持ち良い晴天だった。ニュピの日、我が家裏手からの夕空も穏やかだった。いつものこの時間が愛おしい。

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なんとニュピの翌日も外出禁止令がバリ州全体に発令され、奇しくも2日間のニュピ状態となった。静かでよかった。

2階のベランダからワンコたちは警備中。

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気分が乗らない日は短めで切り上げることもあるのだけど、基本的には毎日楽器に触れる。当たり前といえば当たり前。そういう生活をもう30年以上も続けている。スポーツ選手は「1日トレーニングを休むと感覚が鈍る」というけれど、我々演奏者も全く同じで、やはり、練習をサボった反応は自分が一番よくわかるのである。

日々の練習メニューは決めず、気分と直感次第。思い浮かんだフレーズから始めて、そこから作曲モードに移行するときもあるし、トレーニングモードでひたすらパッセージ練習やエチュード(練習曲)を吹くこともある。最近はバッハの無伴奏チェロ組曲にハマっている。

 

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クラシック的な吹き方をもう「自分が」全く求めていないので、とにかく自由に吹く。自由に吹く喜びと楽しさは「クラシック的な制約、制限を知っている」からこそ、かもしれない。今の私は「誰かのように」「こうでなければならない」の呪縛からも完全に解放されている。

音大を目指したときから、卒業するまでの間、私の「音の憧れと目標」は師事していたM先生であった。ビブラートの数やフレージングや音の処理など、先生のCDを100万回?聴いて耳コピした。だけど、自分の実力や現実とのギャップがとても苦しかった。

もう20年も前の話だし、時効ということで、記憶をあぶり出してみよう。

音大を卒業して数年後、本格的にクラシックの道からインプロ・ジャズの道へ路線変更をというときに、勇気を出してM先生に相談したことがあった。大概において、相談というのは背中を押して欲しいときにするもので、先生からの「頑張りなさい」の言葉を若干期待してはいたのだが、返ってきた答えは「クラシックも満足に演奏できないうえにキャリアも無いのに、他のジャンルで成功など出来る訳がない」と。「まずは地道にオケのオーディションを受けたりコンクール受けたりして頑張りなさい」と。それを境にM先生との糸がプツーんと切れてしまった。切れてしまったというよりは、自分から切ったという方が正確かもしれないなぁ。私の(日本)オーボエ界?での一匹狼修行のスタートだった。

クラシックのオーボエ奏者ではない今の自分は「日本のオーボエ界」自体が全くわからないのだけど、当時は、先生や周囲のオーボエ奏者から白い目で見られたらどうしよう、、と、1ミリくらいは思った(笑)が、正直、属することが苦手だったから、先生からの一言でふっきれた感もあったんだな。だから、先生に感謝しているし、M先生に師事したおかげで、今の私の技術の基礎があるのだ。本当に感謝。

そんなわけで、オーボエと共に長い旅をしてきた私は、今、南の島で日々、孤独にオーボエを吹いている。

孤独だけど寂しくはない。自分の為の日々の練習であると同時に、日々の練習はいつでも人前で演じる為の準備。

様々な呪縛から解放され、自由になった脳内にはいろんなアイディアが湧いてくる。いつも五線紙を側におき、音のカタチをスケッチする。

日々、音楽と共に。High Quality of Life.

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2020年3月22日 (日)

実家旅館女将の傘寿

某月某日。今年の関東地方は例年より早い桜の開花だとか。世界がコロナ騒動の渦中の本日、埼玉の実家旅館の女将こと、私の母はめでたく傘寿を迎える。傘寿の誕生日に桜が満開とは嬉しいなぁ。お祝いは来月、日本へ帰国した際に改めてと思っているが、南国暮らしの不肖娘からは女将の好きなガーベラを盛り込んだ花を配送手配済み。

因みに我が家は「旅館」ではなく「旅館のような実家」である。つまり、申し訳ないほどの至れり尽くせり。親も子も互いに「よい歳」なのだが、「私が元気なうちはいいわよ」という母の言葉を素直に鵜呑みにし、甘えさせて貰えるうちは甘えておこう、という道楽娘。勿論、少しは手伝いもするのだけど、結果的には、世話焼きでちゃっちゃっと何でも器用にこなしてしまう女将(母)の側で、私は甘えたの子供に戻ってしまうのである。

昭和15年(1940年)富山の片田舎で誕生した我が母の人生エピソードを紹介したい。

母の父親(私の祖父)は当時、満州で建設業をしており、まぁまぁ羽振りが良かったそうである。母の母親(私の祖母)は母を身籠った後、離婚話をされ途方に暮れる。出産後、乳飲児である母を富山の親戚に預け満州へ夫を訪ねて行くと、既に別の「綺麗な女性」と再婚していたそうである。(お祖父ちゃん、やるなぁ〜!)生後間もなくして捨て子となった母は、富山の親戚の家を数軒、たらいまわし?にされたのだが、巡り巡って遠い親戚であり、とても気の良い家の夫婦が、「うちには女の子が居ないし、かわいそうに」と母を引き取り育ててくれたそうだ。傷心で満州から富山に戻ってきた母親は、子を引き取りに行く気力とタイミングを失い、富山を去ったとのこと。

引き取られた家では気の優しい両親と歳の離れた兄に可愛がられて育った母。割と裕福な家で、戦中、戦後も食べ物や衣類に不自由した記憶もないらしい。捨てられた子、とはいえ、かなりのラッキーパーソンだ。子供の頃から薄々「自分は養女ではないか?」と感じて居て、中学生の頃に偶然、戸籍謄本で養女である事実を知ったとのこと。そしていつまでも甘えていてはいけないと、中学卒業と同時に紡績工場で働き始めるのだが、働きながらも料理教室、日本舞踊、お茶、お花、をやっていたというのだから、文化度高かったのねー。女将の食事が美味しいのも納得。

そのうえ割と美人な部類であったらしく(私と全然似ていなーい!(笑))見合い話やプロポーズもそれなりにあったらしいのだが、巡り巡って、結婚した相手が私の父親である。今回は母エピソードなので、父の事はまたいつか。

とても優しい母だ。時に優しすぎるきらいもある。反面教師で私は勝気な性格に育ったのだが。

母は中卒であることを恥じて「私は学がないから」とよく言うのだが、歴史なんか私より遥かに詳しい。子供の頃から音楽以外に興味がなく、学校の勉強を殆どしなかった私に対して「勉強しなさい」と一切言わなかった。「好きなことを一生懸命やったらいいわよ」と、超放任主義、自主性に任せる主義で育ててくれたおかげで、今の私が在る。感謝してもしきれない。

 

とにかく働くことが好きな人だ。私が幼稚園生の頃までは家で内職。私が小学校に入った頃からはパートに出ていた。

スーパーのレジ、郵便配達(by自転車)図書館の清掃員。60代になってヘルパーの資格を取ってからは、老人施設での介護業。

そしてなんと、今も現役のホームヘルパーだ。2年ほど前から流石に足腰に痛みが出てきて、少し心配なのだけど、とにかく人の為に働くのが生き甲斐という人だから、本人が辞めるというまでは続けるのが良いと思っている。昨年までは多い日は1日に3軒を自転車で廻っていたのだが、今年からはペースダウンして1日1軒にしたらしい。80歳の女性が、入浴介助やオムツ交換や家の掃除などするのだから、我が母ながら、本当に本当に頭が下がる。

毎朝、5時前には起きて食事の用意や洗濯をする。そういえば、母が寝坊をしたという記憶がない。

昨年「ねぇ、もうちょっと寝ていたいなぁとかいう日はないの?」と聞いてみたら「ないわねー。起きたらいっぱいやることあるし、サッと起きる癖が子供の頃からついているからねぇ」と。寝坊助の私には信じられない。

私がまだ小学生の頃。親戚の叔父が数年間、植物人間の状態で生き延びてしまった。富山に居る叔父の両親は頻繁に来られない為、埼玉から都内の病院へ、日曜日に母と幾度も通った記憶がある。専ら私のお目当ては都内の喫茶店のグラタンとレモンスカッシュだったのだが。やせ細った叔父に話しかけたり、手をさすったり、子供心にはちょっと恐いと感じた植物人間の叔父の世話をする母の姿を、私は神々しく感じた。

さて。そんな我が母、めでたく80歳である。自慢の実家旅館の女将である。

私はいつまでたっても子供のままだ。そしていつまでたっても甘えているし甘えたい。

この母にして、この不肖な娘あり。母が(父も)元気でいてくれるおかげで、私の現在が成立している。ありがたい。

つまりは自分の為にも元気でいて欲しいのだ。。どうしようもない放蕩娘。

お母さん 80歳 おめでとう。そして私を産んでくれてありがとう。あなたの娘であることを誇りに思います。

 

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   Photo by Buntaro Kato

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2020年3月10日 (火)

MOTTAINAIとクリエイト

某月某日。「安物買いの銭失いは」ここインドネシアでもありがちだ。

例えばパサール(市場)で売っている3足10万ルピア(約800円)のサンダルは、数回履いただけで鼻緒が切れたり、靴底が剥がれるとか。

しかしスーパーでセールになっている300円のサンダルは案外長持ちで、しかも履き心地が良かったりする。安物にもピンキリがある。

かといって、高い物=良いものとは限らない。服やバッグの「ブランド物」はその最たる例だ。同じようなデザインや素材なのに、ブランドマークが入るだけで値段は10倍、100倍に跳ね上がる。ここバリ島ではコピー商品が簡単に手に入る。中学生が教科書を入れる為にシャネルとかプラダとか使っていたりしている。ウチのお手伝いのカデも「新しい財布買ったの」って見せてくれのがヴィトンだった。でも、彼女は「ヴィトン」が何だかを知らないんだけど、それで良いと思う。使いやすさと値段とデザインのバランスで選んだのがヴィトン(コピーだけど)だなんて、カデのセンス、悪くないね?(笑)

 

私は使い捨てる文化が好きではなく、何でも壊れるまで使う主義。周りの知人達にそろそろ買い替えたら?と言われながらまだiphone5を使っている。

生前、女優の樹木希林さんが、ドキュメンタリー番組の中で「着古した服を最後は切り揃えて雑巾にしたりして。使い切ってから捨てる感覚がとても快感で、これは主婦(主夫)の特権」というような事を話していたのにとても共感を覚えた。私も、正にその快感を味わうのが好きなのだ。ここでの暮らしでは、太陽の陽射しも強いし、水質も良くないせいもあり、服の傷みは早い。加えて我が家は4匹の犬達が飛びついてくるから、よく服に爪が引っかかったりもする。普段着は人からの貰い物や、フリマやバザーで安く手に入れた服が多いのだけど、着古した服の切れ端を揃えておいて、掃除に使って、ポイっとするときの快感が堪らない。

ウブドに家電製品を何でも修理してくれるおじさんがいる。先日はキッチンで使っている扇風機を直してもらった。修理代は2万ルピア(150円)

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ほとんど物置き状態の店内には壊れたTVやラジカセやアンプなどゴチャゴチャっと。

この方は何でも直せちゃうのですごいなぁといつも感心する。今までにアイロン、炊飯器、変圧器など直してもらっていて、すっかり私と夫の顔を覚えてくれた。手に職を持っている人はみんなカッコ良く見える。最大のリスペクト。

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戦後の高度経済成長から現在に至るまで、日本人は物質主義、享楽・飽食にある意味で洗脳されてきたのではないかと思う。

そろそろ、その異質感に気づき始めた人も結構いるのではないかな。MOTTAINAIを世界共通語にと提唱したのはケニア出身のノーベル平和賞受賞者のマータイさんだった。しかし豊かさに洗脳されている日本人にはMOTTAINAIの精神は深く浸透しなかったと思う。

バリ島のエコノミーの人々の暮らしは裕福とは言えないが、皆、物を大事にするし無駄にしない。

私も外国人ではあるが、バリ島エコノミークラスの一員だ。お金はあるに越したことはないけれど、無ければ無いで知恵が働く。

とても小さな事だけど、バリ(インドネシア)では環境問題の視点から、約1年前からスーパー等でのプラスチックバッグが廃止されているが、全く不自由を感じない。いつも小さな袋を持ち歩いていれば良いし、市場に買い物へ行くときには、買い物籠持参で行けば良い。

節約、節制生活も、ゲーム感覚で楽しんでみると、案外楽しくなる。

ブームになった断捨離もどうなのか?と疑問に思う。捨てる前にリメイクとか再利用とか、クリエイトしたらきっと楽しいと思う。

バリの家具や雑貨にも、リメイク品でおしゃれなデザインの物をよく見かける。

私たち現代人は神から与えられたクリエイトの楽しみをもっともっと味わうべきだ。

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2020年3月 5日 (木)

もしも来月、人類が終わるなら

某月某日。この地球に小惑星が来月末に接近、地球へ衝突。人類滅亡か!?というツイートを発見。

コロナウィルスの脅威とその情報により不安と恐怖に世界中が煽られ続けている今、人類滅亡説までやって来るとは!

小学生の頃に「ノストラダムスの大予言・1999年地球は滅亡する」説を知ったときのあの絶望と悲しみに暮れた日々がフラッシュバックした。当時、着ていた服まで鮮明に。そして現在の自分に戻って、内観してみると自分でも意外なほどに冷静で「ほー。じゃぁ、もう、仕方がないよね、人類滅亡じゃね・・・」と。だって、自分にはどうすることもできやしないから。

程なくして、NASAから発表された情報によると地球衝突の恐れはないという記事が別のフォロワーさんより寄せられ、なぁーんだ、となったのだけど。

今、日本国内ではウィルスの感染拡大を防ぐ為にさまざまな公演の自粛や中止が相次ぎ、人々は集い触れ合うことを避けざるをえない。

その割には都心では満員の乗客を乗せた電車が変わらず運行しているというのだから、大いに矛盾していると思うのだが。

日本社会に蔓延する閉塞感。奇しくも今の日本を外から見ていて、当事者ではない目線から感じることも色々ある。

とにかく収束を願うばかりだが、何か、ずっとモヤがかかったままで真実が一向に見えてこない不気味さは拭えない。

生きるって事は本来はとてもシンプルなことなのに、現代人の生き方はとても複雑になり、感性が貧しくなっていってしまっている感じがする。そう感じるのは、私がこの場所で暮らしているから、というのも少なからずあるだろう。物質主義、消費主義の都心生活が、私にとっては苦痛でストレスだった。なるべく余計なお金を使わず、節制のシンプルライフをしている今はストレスもないし、生活という意味においては、かなりハイクオリティなリッチ生活だと思っている。これはあくまでも私自身が感じている事で、ある人から見たら「お金を使わない生活は経済を回していない」というふうに映るかもしれないし、バリバリ仕事をしてバリバリ稼ぐのが生きる実感、という人もいるだろう。結局は、その人が生きたいように生きればそれはその人にとっての幸せなのだよね。

というわけで、もしも来月、人類が終わるなら?とじっくり内観シミュレーションをしてみたけれど、きっとその日が来るまで、いつもと変わらずに過ごすんだろうなと。朝になると4匹の犬たちが「お腹空いたよ、早くゴハンにしてヨォ」と扉をガリガリして啼くし、そのワンコたちの為に4日に一度のペースで大きな鍋に野菜とお肉を混ぜたスープを作らなければならないし、毎日練習もするし、曲が浮かべば五線紙にメモしてから後でじっくり成形して色付けするし、天気が良ければバイクでビーチに遊びにも行くし、ライブの為のリハーサルをしたり、時々セッションがあったり。

今度の日曜日にはイベントがあり、ライブをする。

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このブログにも何度か登場しているジャングルボーイこと、若手ギタリストのレンダ君とのデュオだ。最近、メキメキと実力をつけてきているレンダ君との息のあったライブになると思う。楽しみ。やっぱり音楽しているときがいちばん濃厚に幸せな充実感を感じる。音楽家は皆、そうだね。

だから、日本のみんなの気持ちを思うと、とても心が苦しい。今の現状から1日も早く抜け出せますように。

 

 

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2020年2月28日 (金)

見えない存在

某月某日。見えない凶器。新型コロナウィルス Covid-19が世界に感染を広げている。インフルエンザと似たようなウィルスだから心配のしすぎは良くないという楽観的見解もあれば、一度感染すると確実にウィルスが体内に残留し、複数回感染ののちに心不全などで突然死するという極論まで飛び交う。とにかく真相が解らないので人々の不安は募るばかり。

日本は大型クルーズ船内での対応の鈍さや、国内での検査の滞り、そして昨日、突如発表された公立の小中高への休校要請により、てんやわんや。加えてイベントやライブ・コンサートの自粛要請、SNS上のデマにより一部地域ではトイレットペーパー等の買い占め騒動。

ミュージシャンの友人・知人達のSNS投稿を見ていると、公演のキャンセル・延期が続々と。準備してきたのに残念とか、そういった心情の問題もあるけど、ライブ活動メインで生活しているミュージシャンにとっては日銭が入ってこないのだから、まさに死活問題だ。これはミュージシャンに限らず、サラリーマンではない職種の人々、皆に当てはまる。

この状況は初めてではなく、あの2011年の再来だ。あの時以降、私たちは何を感じ、何を学んできただろう?

いま、再び、それぞれの生き方を再確認・再設定するチャンスが巡ってきているのかもしれない。

こちらバリ島は、明日クニンガンを迎える。約10日間地上に降り立ってきていた神々や先祖霊の皆様がお土産を持って天界に帰られる日だ。

バリでは感染者のカウントが未だ無いらしいのだが、実際のところは疑わしい。春節の頃には中国人観光客が沢山居たのだから。

しかし日常的にデング熱やマラリア、その他のバイ菌細菌と共存しているこの島の人々にとって、今回のコロナはあまり深刻に捉えられていないように感じるし、宗教行事最優先のバリの人々には、明日のクニンガンが終わると3月のニュピもやって来るので、目先の事でいっぱいいっぱいのようで。でも、何だかんだ言っても、この島は見えない存在にものすごく護られていると感じる。

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見えない存在といえばここ最近、テーブルの上や目につく場所に、鳥の羽根が現れるアポート現象が何度も起きている。

見えない存在を信頼し、いつも見守ってくださっている守護霊、先祖霊、精霊に感謝し、そして自分を信じたい。

そして身近な存在に愛と真摯な態度で接し、生きる為に程よく食べて眠って息をして。日々、音楽と共に。

自分ファースト。まずは自分が健康で幸せで心穏やかでいること。

何年か後に、今日のこの投稿を読んで、懐かしいと思える日がありますように。

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2020年2月21日 (金)

good old days

某月某日。読みかけていた藤原新也さんのエッセイの中に笠智衆の章があり、妙に気にかかりネットで調べているうちに、とりあえず一本観てみようかと思い、Youtubeで「東京物語」を観た。

「東京物語」はリメイクされた「東京家族」という映画の原作ということは知っていたし、小津安二郎を知ってはいたが、じっくり観たことはこれまでは無かった。しかし、1本観だしたら小津ワールドにどっぷりとハマってしまい、今日までに「晩春」「お茶漬けの味」「彼岸花」「麦秋」「東京の宿」「早春」etc  Youtubeで観られるものを全て観尽くしてしまうほど。

そして驚くべきはYoutubeにUPされている小津作品の大半が英語字幕による。つまり日本人以外のユーザーによるUP。

小津監督の美学が現れるカットワーク、演じる役者達の言葉遣いや所作、時代背景も含めた調度品やファッション。小津作品には昭和の古き良き時代が描かれている。

チェアーに腰掛けた笠智衆が、ぽつねんとりんごの皮を剥く「晩春」のラストシーンは言葉にできない愁いの美。

小津ワールドにとっぷりと浸っていると2020年がなんともお粗末な時代に感じてくる。いや、だけど、世界中のどこでも、しかも無料で偉大な監督が遺した多くの作品を鑑賞する事ができるというスゴイ時代ではある。

世は新型コロナウィルス,COVID-19感染の恐怖におののき、日本では政府、官僚の手際の悪さが目立ち、世界中の正義感溢れる医師や学者やジャーナリストは潰され。神は正義の味方ではなかったのか?

現実逃避にもってこいの小津ワールド、皆さまもいかが?

 

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2020年2月18日 (火)

On the Stage

某月某日。数年のバリ島生活の中で、知り合いのミュージシャンも多くなり、最近はライブやセッションに誘われる機会も増えてきた。

バリ島でオーボエを吹くのはおそらく私以外には居ないと思うが、私にとってそれはどうでも良いことで、周りのミュージシャンやオーディエンスも、楽器に注視している感じは殆どなくて、音楽とかビートとか音色とかフレーズとかそういったものを全てひっくるめた表現に注視しているし、私も相手のミュージシャンに求めるのは全く同様だ。逆を言えば、楽器の珍しさに注視されると覚めちゃうな。

自分が自由に操ることができる楽器がオーボエだというだけで、特別この楽器ができるから凄いとか、珍しい楽器だという意識も全くない。だって、西洋人は殆どオーボエ、知ってるし。だから「オーボエは高価で難しく珍しい楽器」だと日本のプロ奏者が自慢気に言ったりするのを私は心からダサっ!と思っている(笑)

西洋楽器のみで構成される音楽界はある意味では狭いともいえる。

世界には色んな楽器があり、様々な音楽ジャンルがあり、その道のプロフェッショナルがいて「その人」が現れる。表現なのだから当然といえば当然だ。

自分自身、日々精進中だし、人のことをとやかく言う資格はないし、共にステージに立つと言うことになれば限りなく「対等」であるといつも思っている。この対等というのはあくまでも音楽をするにあたりの対等という意味だ。

もう10年以上も前の事だが、一度だけ共演したその日のピアニストの女性から「ステージに立つなら、それなりの格好をしてきなさい。お客様は特別を観にきているんだから」と言われた。その時の私は素直に聞いた部分半分、後の半分は「いいじゃん、アタシの好きな服着てるんだから。これだって結構高いしデザイン凝ってるんだから!」と(笑)今となれば本当におっしゃる通りだし、そしてたった一度の共演のペーペーの私に、そんな風に厳しいアドバイスを下さったということに感謝しかない。

芸能の世界でも「アドバイスを言ってもらえるうちが花」という。年代的には中堅世代だけど、まだまだ叱咤されたい(笑)

今までに色んなステージに立たせてもらっているが、毎回が特別で大切でいつも真剣勝負という思いはこの数年で改めて増している。

たとえ小さなカフェでも大きなステージでも、表現することに変わりはなく、願わくば、自分が何かの刺激を受けられるミュージシャンと共演していきたい。On the Stage,対等で友好的な戦闘の場。

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