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2016年2月25日 (木)

ガルンガン〜クニンガン 2016

バリ島で一番華やかな時期、といわれるガルンガン(迎え盆)

日本のお盆とお彼岸とお正月が合わさったような風習。

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  Galungan/ painted by Kikuo Mori
ガルンガンの2日前から、バリの街中ではシャッターを下ろす店が増える。
バリの人はお供え物の準備やら何やらが最優先で、仕事はその次。
しかし、観光客相手のレストランは逆に稼ぎ時とばかりに張り切って営業していたが、こういう店はオーナーが外国人(バリ人以外のインドネシア人も含む)だったりするみたい。
ガルンガン前日までに、ペンジョールという竹のお飾りが道路沿い一帯に飾られた。
日本の七夕飾りのようなもの。
作られたものを買うバリ人も多いようだけれど、地道に自作派も。
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ウチの向かいのお兄さんは、夜中までステレオからガムラン音楽を大音量で流しながら黙々と作っていた。ガルンガン前日の翌朝も眠い眼をこすりながら「あともうちょっとなんだよ」と。
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力作!午後には無事に出来上がっていた。
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私たちが住まわせていただいている敷地の入り口にもこんな立派なペンジョール。
敷地入り口の小さなお寺も綺麗な布で飾られています。
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この高い竹飾りを目印に、ご先祖の霊、神々、自然霊が降りてくると言われています。
道の両サイドにはこのように飾られ、とてもきれい。
主人にとっては新盆にあたりました。
東京から友人が来てくれて、主人が好きだった物を持ってきてお供えしてくれました。
一緒に食事をしたり、主人の想い出話をしたりと、賑やかなお盆になりました。
ガルンガンの当日は カデファミリーと共に一緒にお寺にお参りに行った。
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私たちが暮らすサヤン村には全部で12カ所のお寺があるそうで(今回、初めて知りました)基本は全部に参拝するとのこと。
でも、家族で分業して回るそうで、私達は6カ所のお寺に参拝しました。
12カ所分のお供え物を用意するのだから、それは忙しい訳です。
しかも、このお参りというのは、ガルンガンだけでなく、しょっちゅう何かしらの儀式があるのだから。
バリの人(特に女性)は年中忙しそうにしている。
ガルンガン〜クニンガンの10日間のあいだ、子供達の学校はお休み。
日中、子供達のバロンとこどもガムランの行列で村を練り歩いている。
バロンは日本の獅子舞とよく似ている。
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家の前にバロンが来たら、持っているカゴに小銭を入れてあげる。
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クニンガン(送り盆)が近づくと、夜のご神体バロンの行列。
こちらは子供ではなく大人部隊。
ランプに照らされて歩く行列は、なんとも幽玄な雰囲気。
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ガルンガンは210日に一度、めぐってきて、必ずガルンガンは水曜日、クニンガンは土曜日にあたるという。次のガルンガンは9月7日。
神々へのお供え物を頭上に載せ歩くバリの女性たち。
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生まれてから死ぬまで、濃厚な祈りと神の間にいるバリ人を、質素な生活であるけれど、祈りや儀式によるオンとオフがあり、家族に囲まれて暮らしていくバリ人を、ふと羨ましく感じることがある。無いものねだり、、、、かな。
流れ流され、不思議な縁と出会いの「なりゆき」で、主人の肉体が無くなった今、私はバリでの生活を続けていこうとしている。
私の人生は私にしか歩めない。
誰かと何かと比較するのではなく、私自身の足をしっかり地につけて歩むしかない。
そして、今の私の人生は今が全てであり一度きりだ。
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四匹の犬達と一緒の生活。
一人対四匹。私が犬に飼われているような錯覚に。
愛しい子供のようであり友達のようであり同志であり家族。
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10日間のお盆お祭り期間が終わり、次はニュビ(バリ島の新年)が3月9日にやってくる。昨年のニュピの記事はこちら→http://tomoca.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/nyepi-4955.html
オゴオゴ作りに忙しい。これはもっぱら男子チームのお仕事。
みんなとっても器用でたくましくて関心!
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感謝の気持ちを持ち、自分に正直に柔軟に生きていきたいと思います。
もちろん、音楽とともに。
                    2016年 2月の終わりのバリ島より。

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2016年2月 5日 (金)

あと五日でガルンガン

「ガルンガン」は210日に一度めぐって来る。

先祖や祖霊をお迎えするバリ島独自のお祭りの期間です。
10日後には「クニンガン」があって、お祭りが終わります。
日本で例えるなら「迎え盆」と「送り盆」のような感じなのでしょうか。
今まで主人からガルンガンの話を何度となく聞いていましたが、私が現地で経験するのは初めて。
亡き主人にとっては正に「新盆」にあたります。
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                    「Night Baron」     by Kikuo Mori
この絵のように「バロン」(獅子舞のような感じ)が町中を練り歩いたりするんだそうです。
後日、あらためて私が見て・聴いて・感じた「ガルンガン」をレポートしたいと思います。
バリの人々は、本当に信仰心が厚い。
信仰心、というより、もう生まれたときから、当たり前に「そこ」に信仰が根付いている訳だから、当然といえば当然なのかもしれない。
今日は「カジャンクリウォン」とよばれる日。「魔の出やすい夜」とも言われます。
いつもこの日の夕方になると、正装に着替えたお手伝いのカデが、お供え物を載せたお盆を持ってやって来て、家の中の色んな場所へお供えをしてくれる。
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お供えが終わって、アイロンがけをしてくれているカデとおしゃべりをした。
「あと五日でガルンガンだよ、トモカ。ガルンガンには、モリが好きだったラワールを持ってくるよ」と。
「モリは、今、どこにいるのかなぁ?」と私が聞くと
「見えないけど、どこにでもいるよ。ガルンガンのときはお供え物を食べに毎日来るよ。モカは見えているかもしれないねー。犬は目がいいからねー」って(笑)
なんだか、母と子のような会話だな、とここに書いていて可笑しくなった。
カデは私より10歳近く若いのに、三人の子育てをして(一番上の子はもうすぐ高校生)日々の仕事もテキパキこなすし、しっかり者だ。
それに比べて私はいつまでたっても、子供みたいだなぁ。。。。
カデは、この家に主人が暮らし始めた時からずっと来てくれている。
私より主人を見ていた時間がはるかに長い。
私が主人と初めて会ったのは2009年の初秋だった。
画家の森さんが私のアルバム「Lotus」のジャケットの為に描いてくれたその原画を受け取りに数年ぶりにウブドに来たのだった。
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森さんとワルンで夕食を一緒にした。
食事が終わってコーヒーを飲んでいると、 森さんが「実は、今夜、ウチの近所で結婚披露宴があって招待されているんだけど、もしよかったら一緒に行きませんか?」と。
「それで、もしよければ、オーボエの演奏を披露してくれませんか?みんな悦ぶと思うので」と。
私は森さんにサロンを借りて一緒に会場へ行った。
そして、促されるまま、 花嫁と花婿さん、招待客の前で日本の曲を数曲、演奏した。
みんな、ニコニコして聴いてくれた。
楽器をケースにしまって、敷地の奥へと案内された。
ぜひごちそうを食べて下さいと言われ、私達は夕食を済ませた後でお腹がいっぱいだったけれども、お断りするのは失礼にあたるだろうという事は知っていたので、ほんの少しいただいた。
そして、コピを運んできた若くてハツラツとした感じの女性がいた。
森さんは「この子、ボクの愛人やねん」と言った。
彼女はケラケラと笑っていた。
私は真に受けた訳でもなかったけど、でも、どこかで「有り得るのかなぁ〜?」なんていうふうにも思った。
私と森さんは、音楽や絵の話やバリの話ばかりで、プライベートに関する話題は全くしなかったから。
この若い女の子が、カデだった。
そして、この披露宴が行なわれた場所が、カデの家族が暮らしている家だったのだ。
私が主人と初めて会った日に、カデの家族にも出会っていたのだった。
今では笑い話。そして懐かしい想い出である。
カデだけでなく、カデの家族や近所のバリの人とも、主人は仲良くつき合っていた。
そういったものが、主人が遺してくれた大きな財産だと思っている。
私を家族のように思ってくれているカデの家族に感謝。
そして、家族同然の親切をくれるこの関係性を遺してくれた主人に感謝。
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なんだかこうして一枚の写真に一緒に収まっているのを観ると、まだ当たり前に生きていて、ふっとそこにいるような気がしてならないのだけれど。
時は流れる。とまらない。一秒先は未来であり一秒後はもう過去なんだ。
生きている私は未来に生きていかなければね。
あと五日でガルンガンがやってくる。
喜久雄さんが帰ってくる。
大好きだった豚の料理、コーラ、甘いあんこのお菓子、コーヒー、マルボロライトも用意して、お待ちしています。

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