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2017年1月28日 (土)

恋の想い出/sweet memory

今朝はなんとなくBob Marleyを流していたい気分だった。

いつもと同じように9時頃、掃除をしにやってきたカデの旦那のカデ。(※カデは2番目生まの人の総称)
私のスタジオを掃除していると、カデの動きがふと止まった。
その数秒後、とても懐かしそうな少し照れた表情で「この曲を聴くと、昔を想い出すよ。まだ若かった頃、日本人の女の子と恋に落ちたんだ、、、」
「え、その話は初耳!まだカデ(奥さんのカデ)と結婚する前でしょう?」
「うん。僕は18だった。旅行で来てた子だった。でもお互いの言葉が通じないから、イエスとかハイ、とかそんな言葉だけで、、、毎日、ウブドの町を一緒に散歩したり。楽しかったな、あの頃」
「ふーん。カデのsweet memoryってわけね。で、その人はその後もバリに来てる?」
「いいや、2年間は彼女と会っていたけどそれきりさ。結局神様は僕たちを結びつけなかったって事だね。今頃は日本で結婚して子供もいるのかな。まぁ、あの頃の僕はまだ18だったからさ、結婚とか全然考えてなかったし。ホント、この曲聴くと20年前に一瞬でフラッシュバックするよ、、、、」
そう言いながらカデはいつもと違う空気を身体に纏わせスタジオから出ていった。
20年前のウブドの町中で手をつないで歩くバリ人と日本人の女の子のセピアな風景を想像したら、この私まで朝からふんわりと甘くも少しほろ苦い想いに包まれてしまった。
きっとその女性は18歳のカデより年上だったんじゃないかなぁと想像する。
「その彼女は当時、何歳だったの?」などという野暮なことはもちろん聞かなかった。
何歳だって、恋は恋だ。
そして人はいくつになっても恋ができる。

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2017年1月25日 (水)

音楽に楽譜は不可欠なのか?

昨日、私のスタジオにバリ島在住の若手ギタリスト二人がリハーサルでやって来た。
ひとりは、昨年のスマランツアーに一緒に行ったスマトラ出身のジャングルボーイ。
もうひとりはジョグジャ出身で、パコ・デ・ルシアを相当耳コピしてギターを習得したらしく、フラメンコ系サウンドを追い求めているスマートボーイのアリフ君。
両者とも20代前半。
ジャングルボーイことレンダ君が、自分の新しい試みとしてこの3人でのライブをやりたいという事からはじまった。そして私から何かを「盗みたい」という事らしい。もちろん、物ではない。
彼らのやりたい方向を見据えながら、曲構成など、アイディアを出してあげる。
彼らは楽譜が読めない。
コード表記はシンプルなものはOKだが、テンションコードになると全くダメみたい。
読譜ができない事にコンプレックスを持っているようだけど、彼らの耳コピ力の高さは素晴しいと思うし、やろうとしている音楽はクラシック音楽ではないのだから、楽譜はあくまでもメモであり、、、という意見を伝えた。
が、実際には読譜ができるに越した事はないというのも真実。私は偽善者?
実際、アリフ君はYogyaのミュージックスクールにエントリーしようとしたら、読譜が出来ないという事で断られたと言っていた。
リハーサルは昨日で2度目だったが、レンダ君は、前回のリハで録音をした私の曲をちゃんと耳で覚えてきていた。
アリフ君オリジナル曲のノクターンは、爽やかサウンドとフラメンコフィールをミックした感じ。もちろん譜面は無いので、私も耳コピしたけれど、細かいフレーズを覚えておくにはそれなりにアタマの中のメモリスペースが必要なので、私は彼の曲を譜面にした。
最近、何度かガムランの練習に参加したときに、微妙に違うフレーズの反復が、私はどうしても覚えられなくて(いや、命がけで覚えれば可能だけれど、そこまでの情熱が傾かないとうのが本音かな)結果的に暗譜して演奏する事が目的ならば、採譜するのはアリだろうと思って、楽譜に書いた。
そもそも、ガムラン音楽を楽譜にする事がナンセンスだけど、覚えられなくてモヤモヤイライラするなら、楽譜で覚えてしまったほうがいくぶん健康的だ。譜面を見ながら演奏する私に、助っ人で来ていたおじさんガムラン奏者は「譜面なんて見てちゃダメだよ」って。(笑)はいはい。百も承知です。。。。
ガムラン奏者の日本人の方にこの事を話したら、その方も新しい曲を覚えるときは、楽譜にすることもあると言っていたので、少しほっとした。
西洋音楽(クラシック音楽)においては、楽譜は必要不可欠。
楽譜がなければオーケストラをはじめ、アンサンブルの演奏は成立しない。
作曲家が譜面上に書き記したさまざまな音楽表記を読み取り、再現し、完成美を求めるのがクラシック音楽。
そもそも、音楽に楽譜は不可欠か?というのは、「1しかないことを10あるように」考察しているに過ぎないのか???
即興演奏は楽譜という概念を取り払った上での音楽だ。
唄をうたうとき(例えば、御詠歌や子守唄)人は楽譜という固定化された概念の中には存在しないだろう。
音楽(Music)は(Magic)だから、種明かしをしたら興ざめかも。
今は亡き尊敬するピアニストが「音楽家は手の内を明かすべからず」と口癖のように言っていた。
全てが解放され自然と宇宙と繋がって。。。。という次元で音楽に向き合っていたらこのトピックは泡のように消えてしまうんだろうな。

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2017年1月19日 (木)

1月の空

新年明けましておめでとうございます。

という言葉がいつの為の挨拶だったかなぁ?と感じてしまうほどに、気づくとあっという間に1月も後半。
加えて、バリ島での新年(ニュピ)は今年は3月28日であるし、南国ではどうも日本の「お正月」気分を肌で感じるのは希薄です。
SNSで皆がUPするおせち料理や初詣などの正月らしい風景や各地の雪景色を眺めながら、南国バリ島でのほほ〜んと暮らしています。
年末あたりから、雨季の中休みというような天気が続き、毎日のように夕刻にはドラマティックな夕焼けが。
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実際の肉眼では、もっと色彩のバリエーションが豊かだし、刻一刻と変わってゆく空は
毎日見ても全く飽きる事のない自然のスクリーンに映し出されたリアルな映像。
主人が遺した作品の中にこんな夕焼け空と共にマンクー(バリのお坊さん)がいる。
Fantasy_mangku

fantasy

mangku

Painted by Kikuo Mori (2013)

このマンクーはおそらく喜久雄さんなのかな。
自分をマンクーにしてしまうなんて^^;  絵の中の世界は何でもアリだ。
時々、空の中に喜久雄さんを見つけようとしている私。
よく二人で空の雲を見て遊んだ。
いつも夕焼け空は切ない気持ちと隣り合わせ。
でも、いつでもそばにいて一緒に見ているという確信もある。
4月下旬に日本へ帰国します。といってもおそらく1ヶ月ほどの予定ですが。。。
4/29(Sun)吉祥寺ストリングス「Bali Dream」ライブ決定しています。
その他は、現在調整中。
2月にはバリ島へピアニスト太宰百合さんが遊びに来るので、バリでのミニコンサートを開催予定。楽しみです。
それぞれの2017年。それぞれの酉年。
飛べないけれど新鮮な卵を産む鶏もいれば大空高く羽ばたくガルーダも。
のびのびとしなやかに迷いなく。自分を信じて生きていきたいです。
みなさまにとっての2017年が心穏やかに幸せな一年でありますように。
暖かな西日傾く南国バリ島より。

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